このページは、公開されたThreads投稿に寄せられた声をもとにしています。個人が特定されないよう、ユーザー名は掲載せず、内容を損なわない範囲で短くまとめています。表示回数などは記事作成時点のものです。
Threadsで、こんなことを聞きました。
「夫への愛情が、一瞬で『無』になった言葉、ありますか?」
私の場合は、インフルエンザで寝込んでいるときに言われた、
「え、俺がご飯準備するの?」
でした。
あの瞬間、心のシャッターが音を立てて閉まりました。
投稿には、想像をはるかに超える数の声が届きました。浮気や大げんかの話もありました。でも、何度も出てきたのはもっと日常的な言葉でした。
「具合が悪くても、私がやると思っているんだ」
「この人にとって、子どもは自分のことではないんだ」
「私が悲しいことより、自分の都合が大事なんだ」
1,289件を読んで見えてきたのは、愛情が消えた原因は、その一言だけではないということでした。積み重なっていた違和感に、最後の一言が答えを出してしまうのだと思います。
病気なのに、
「ご飯は?」
いちばん多く届いたのは、妻が病気やけがで動けないときの言葉でした。
高熱でも、骨折していても、手術の直後でも。心配より先に出てくるのが、自分の食事や家事のこと。
右手を骨折したとき、友人が「夕食を作るから子どもたちと食べにおいで」と助けてくれた。それを夫に伝えたら、第一声は「俺のご飯は?」だった。
子宮摘出手術の直後にインフルエンザを発症。39度の熱と傷の痛みに苦しんでいると、夫から「明後日くらいにはパフォーマンス戻る?」と聞かれた。
胃腸炎で一晩中眠れなかった朝、夫が言ったのは「俺の朝ご飯はいらないから」。妻と子どもの朝ご飯を用意する、という発想はなかった。
欲しかったのは、完璧な看病ではありません。
「大丈夫?」「今日は俺がやるよ」。たぶん、それだけでした。
「ご飯は?」という短い言葉が刺さるのは、料理を頼まれたからではない。その言葉の奥に、妻がどんな状態でも、自分の世話をする人としてしか見ていないことが透けて見えるからです。
妊娠も出産も、
二人のことではなかった。
つわり、陣痛、不妊治療、流産、産後。命に関わるほど大変な時期にも、心ない言葉を受けた人がたくさんいました。
吐きづわりがつらくて、料理のにおいで気持ち悪くなると伝えた。返ってきたのは「鼻で息をせず、口で息をしたら作れるだろ」だった。
陣痛中、ようやく病院へ着いた夫の第一声は「昼を食べていないから、今から食べていい?」だった。
不妊治療で毎日薬と注射を続けていた。排卵日前日、夫婦げんかをした夫から「気が乗らないから採卵を中止してほしい」と言われた。
身体が変わるのも、痛みに耐えるのも、多くの場合は女性です。だからこそ、せめて気持ちだけは隣にいてほしい。
「私たちの子ども」だと思っていたのは、私だけだった。
その気づきが、愛情を静かに終わらせていました。
子どもの緊急事態より、
自分の予定。
子育てを手伝うかどうかではなく、そもそも「自分も親である」という感覚があるのか。そこに絶望した声も目立ちました。
子どもたちが次々に嘔吐。元気な末っ子を見ていてほしいと頼んだら、「後輩とバイクで出かける約束をしたのに、行ったらダメってこと?」と返された。
子どもが骨折して緊急入院。夫は友人との予定を断って迎えに来たが、帰り道で「今日、俺がいる必要なかったじゃん」と言った。
夜泣き中の子どもを寝かしつけてほしいと頼んだら「俺には無理」。できないのではなく、親として覚える気がないのだと気づいた。
妻にとって子どもの体調不良は、予定を全部変えてでも対応する出来事です。一方で夫にとっては、「自分の予定を邪魔するもの」になっている。
一緒に育てていると思っていたのに、実際はずっと一人だった。
親の死と家族の危機で、
見えてしまったもの。
自分の親を失ったとき。子どもが救急搬送されたとき。人生の中でも特につらい日に、寄り添ってもらえなかった記憶は消えません。
父親が交通事故で亡くなったことを電話で伝えたら、「俺、仕事を休まなきゃいけない?」。泣いていると「悲劇のヒロインぶってる」と言われた。
父親の葬儀を終えて帰った翌朝、夫から笑いながら「親が死ぬってどんな感じ?」と聞かれた。
母親の百か日法要への出席を確認したら、「いったいいつまで行かなきゃならないんだ」と怒鳴られた。
普段は見えにくかったその人の本質が、非常時には隠れなくなる。
「この人は、私が本当に苦しいときにも私の味方ではない」
その確信が、最後の一線を越えさせていました。
大事件ではない。
でも、もう戻れなかった。
誕生日、食器洗い、ゲーム、ちょっとした頼みごと。外から見れば小さな話でも、本人にとっては、それまでの積み重ねが全部つながる瞬間があります。
共働きで、妻は帰宅後に子どもの食事、お風呂、寝かしつけ、夫の夕食、洗濯、掃除までしていた。「食器洗いだけお願い」と頼むと、「だったら夕飯を買って帰る」と言われた。
誕生日の夜、大きなシュークリームを段ボールの上に置いて出された。「粉が落ちるから」という理由だった。せめてお皿に載せてほしかった。
子どもと居間で寝ている横で、夫が大音量でオンラインゲーム。「音を小さくして」と頼んだら、「お前って、そんなにデリケートだった?」と返された。
愛情は、一度の失敗で必ず消えるわけではありません。
でも、頼んでも伝わらない。苦しんでも気づかない。何度話しても、自分の都合が先。そんな日々の最後に落ちた一言が、それまで見ないようにしていた現実を見せてしまう。
心のシャッターは、突然閉まったように見えて、
本当はずっと前から少しずつ下りていたのかもしれません。
離れたいのに、お金が怖い。
私はそこから始まりました。
コメントの中には、「もう愛情はないけれど、生活や子どものことを考えると離れられない」という声もありました。
その気持ちは、私にも分かります。私も夫との関係が苦しくなったとき、いちばん怖かったのは離婚そのものより、そのあとの生活でした。
だから在宅でできる仕事を探して、失敗もして、Webデザインを学び直しました。自分で稼げるようになったとき、ようやく「我慢するしかない人生」から、自分で選ぶ人生に戻れました。
すぐに離婚したほうがいい、なんて私は言えません。
でも、選べる力を少しずつ持つことは、自分と子どもを守ることにつながると思っています。
元になった投稿はこちらのThreads投稿からご覧いただけます。